「ERPを入れない」という戦略的選択:100人規模企業が選ぶべき”疎結合”なシステム構成
企業が成長し、社員数が100名を超え、売上が数十億円規模に達すると、必ずどこか(監査法人、コンサルタント、あるいは新任のCFO)から、この言葉が聞こえてきます。
「そろそろ、ERP(統合基幹業務システム)を導入してはどうか」
Oracle、SAP、Microsoft Dynamics、あるいはNetSuite。 華々しい名前が並びます。「ヒト・モノ・カネの情報を一元管理し、リアルタイム経営を実現する」。その売り文句は魅力的であり、上場を目指す企業にとっては「通過儀礼」のように語られます。
しかし、私はあえて提言します。 50〜300人規模の企業において、重厚長大のERP導入は「悪手」になり得る、と。
本稿では、「ERPを入れない」という選択肢を、消極的な「妥協」ではなく、積極的な「戦略」として捉え直し、中小・中堅企業が今の時代に選ぶべき現実的なシステム構成について論じます。
なぜ、ERPは「前提」とされるのか?
そもそも、なぜERPが必要とされるのでしょうか。 最大の目的は**「データの整合性(Integrity)」と「二重入力の排除」**です。
- 受発注システムで入力した売上が、自動で会計システムに流れる。
- 人事情報が変われば、自動で給与計算や経費精算の組織マスタが変わる。
これらをバラバラのシステムで運用していると、転記ミスが起き、月末の締め処理で数字が合わず、経理担当者が残業して差異を探すことになります。だからこそ、「一つの巨大なDB(データベース)ですべてを管理する」ERPが理想とされてきました。
中小規模で発生する致命的なギャップ
しかし、この「全体最適」の理論は、成長期の企業においては**「現場の個別最適」**と激しく衝突します。
1. 「帯に短し襷に長し」問題
ERPは「標準機能」で業務を回すことを前提としています。しかし、成長中の企業は「独自の商習慣」や「柔軟な値引き対応」「特殊な契約形態」こそが競争力の源泉だったりします。 ERPの標準プロセスに合わせようとすると、「あの柔軟な対応ができなくなる」と現場が反発します。 逆に、ERPを自社に合わせてカスタマイズしようとすると、導入費用は数億円に跳ね上がり、バージョンアップのたびに追加費用が発生する「ベンダーロックイン」の地獄が待っています。
2. UI/UXの敗北
率直に言って、多くのERPの入力画面は、現場向けのSaaS(SmartHRやSalesforce、freeeなど)に比べて使いにくいことが多いです。 経理や経営企画にとっては「天国」でも、毎日入力する現場社員にとっては「苦行」です。 使いにくいシステムは、入力漏れや適当な入力を招き、結果としてERPの中には「ゴミデータ」が蓄積されます。
3. スピード感の欠如
「新しい事業を始めたい」「来月からこのSaaSを使いたい」 そう思った時、ERPが中心にあると、「ERPとの連携開発に3ヶ月かかります」「マスタ設定に100万円かかります」と言われます。これでは変化の激しい市場で戦えません。
「疎結合(Loosely Coupled)」という解
そこで推奨したいのが、「Best of Breed(各分野の最良ツール)」を組み合わせる「疎結合型」アーキテクチャです。
無理に一つの巨大なERPに統合するのではなく、会計、人事、販売、経費といった領域ごとに、安価で使いやすい特化型SaaSを選定します。そして、それらを「API」や「CSV連携」で緩やかに繋ぐのです。
構成例
- 人事マスタ:SmartHR(入退社・身上変更のトリガー)
- 会計:freee会計 / マネーフォワードクラウド会計
- 経費:バクラク / 楽楽精算
- 販売管理:kintone / 独自の軽量な販売管理システム
- CRM/SFA:Salesforce / HubSpot(またはExcel)
この構成のメリット
- 現場が使いやすい:各SaaSはUIが洗練されており、スマホ対応も完璧です。
- 交換可能(Replaceable):例えば「経費精算システムだけ変えたい」と思った時、ERPの一部機能だと不可能ですが、疎結合ならそこだけ契約を変えれば済みます。
- コスト最適化:必要な機能だけを契約するため、一人当たりの月額コストを抑えられます。
「業務を分けて回す」という発想
「でも、それだとデータ連携が大変では?」 そう思われるかもしれません。ここで重要なのが**「データ連携の頻度と粒度」を見極める業務設計**です。
ERPの発想は「リアルタイム連携」ですが、本当に全データがリアルタイムで繋がっている必要がありますか?
1. マスタデータの「正」を決める
連携で一番揉めるのは「どれが最新か分からない」問題です。 シンプルに決めます。
- 社員情報はSmartHRが絶対の正。そこから他システムへ配る。
- 取引先情報はSalesforce(または販売管理)が絶対の正。
2. トランザクションは「月次バッチ」でいい
売上データや仕訳データは、秒単位で会計システムに入る必要はありません。 「月末に1回、販売管理システムからCSVを吐き出し、会計システムにインポートする」 この「CSVバケツリレー」を恥じる必要はありません。 APIで自動化できればベストですが、月1回・10分の作業のために、数100万円の連携開発費を払うのはROIが見合いません。
「API連携されていない=遅れている」ではありません。 「連携の手順が確立されており、属人化せず運用できている」ならば、それは立派なシステム連携です。
それでも「将来のERP導入」に備える布石
会社がさらに成長し、社員数が500人、1,000人となれば、さすがにバラバラのSaaS管理では限界が来ます。IPO審査の段階で、統制上の理由からERP導入が必須になるかもしれません。
今の「疎結合」フェーズにおいても、将来を見越して**「これだけはやっておくべき布石」**があります。
1. 「ID(コード)」の統一
これが最も重要です。
- 取引先コード:販売管理システムで採番したコードを、会計システムの補助科目コードと一致させる。
- 社員番号:人事システムで採番したIDを、経費精算やSaaSのアカウントIDとして使う。
- 部門コード:全社共通のコード表を作り、組織変更のたびに全システムで同期させる。
システムがバラバラでも、「IDさえ合っていれば」、将来的にETLツールやDWH(データウェアハウス)を使ってデータを統合することは容易です。 逆に、IDがバラバラ(Aシステムでは「株式会社〇〇」、Bシステムでは「(株)〇〇」など)だと、将来ERPを入れる際に名寄せ作業で死ぬことになります。
2. 勘定科目・品目マスタの整理
「雑費」や「その他」を乱用せず、今のうちから分析可能な粒度でマスタを整備しておくこと。これはツールが変わっても資産として残ります。
結論:システムは「城」ではなく「街」で作る
巨大な城(ERP)を一度建ててしまえば、改築は困難です。 一方、機能ごとの建物(SaaS)が立ち並び、道路(CSV/API)で繋がった「街」のような構成であれば、時代に合わせて店舗を入れ替えたり、道路を拡張したりすることが容易です。
変化の激しい成長企業に必要なのは、堅牢な城壁ではなく、この**「街のような柔軟性(Agility)」**です。
「うちはERPが入っていないから恥ずかしい」などと思う必要はありません。 むしろ、現場が最もパフォーマンスを発揮できるツールを選び組み合わせる「オーケストレーション能力」こそが、現代の情シスに求められる高度なスキルなのです。
ERPという言葉に惑わされず、**「自社の身の丈に合った、しかし将来の拡張性(ID統一など)だけは担保した構成」**を自信を持って選択してください。 それが、経営と現場の両方を救う、最も現実的な解です。
AIに相談するためのプロンプト(テンプレート)
ERP導入の圧力に対し、「疎結合(SaaS連携)」という対案を提示するためのシステム構成設計プロンプトです。
あなたは中小企業のシステムアーキテクトです。
現在、私の会社は成長期にあり、周囲から「ERP導入」を勧められていますが、コストと柔軟性の観点から「SaaSを組み合わせた疎結合構成」で乗り切りたいと考えています。
以下の要件を満たす、最適なシステム構成図(SaaSの組み合わせ)とデータ連携フローを設計してください。
# 企業情報
* 社員数: [例: 150名]
* 業種: [例: 専門商社]
# 現在の利用ツール(または候補)
* 会計: [例: freee会計]
* 人事: [例: SmartHR]
* 営業: [例: Salesforce]
* 経費: [例: 未定]
# 実現したいこと
* [例: 入社時のアカウント発行の自動化]
* [例: 営業の売上データを会計に流し込みたい]
# 出力してほしい内容
1. **推奨システム構成**: どのSaaSを選び、中心となるマスタデータ(社員マスタ、取引先マスタ)をどこに置くべきか。
2. **データ連携の方針**: どこをAPI連携し、どこをCSV連携(月次バッチ)で妥協すべきかの現実的なライン。
3. **ERP不要の論証**: 「なぜERPを入れないのか?」と聞かれた際に、経営陣に説明するための「疎結合アーキテクチャのメリット(コスト、柔軟性)」の要約。