CRMを「入れない」勇気:100人規模企業がSalesforce以前にやるべきこと
「売上が伸び悩んでいるのは、顧客管理ができていないからだ」 「スプレッドシートでの管理は限界だ。CRM(顧客関係管理)ツールを導入しよう」
経営会議や営業会議で、このセリフが出たときこそ、情シス(あるいはIT担当者)は最大の警戒レベルを引き上げるべきです。
SalesforceやHubSpotといったCRM/SFA(営業支援)ツールは、確かに強力な武器です。成功事例を見れば、導入することで売上が倍増し、顧客満足度が飛躍的に向上した企業は枚挙にいとまがありません。 しかし、その影には、**「高額なライセンス料を払い続けている高級な電話帳」**と化した失敗事例が、その何倍も転がっています。
特に社員数100名前後の企業において、CRM導入は「劇薬」です。体力がなければ、副作用で現場が死にます。 本稿では、あえて**「CRMを導入すべきではない(まだその時期ではない)企業の条件」**を提示します。
御社は、本当にCRMが必要なフェーズにいるでしょうか?
なぜ、人はCRMを欲しがるのか?
理由は単純です。「見えないものを見たい」からです。
- 経営者は、来期の売上予測(ヨミ)をリアルタイムで見たい。
- 営業マネージャーは、部下の行動(アポ数、コール数)を管理したい。
- マーケティングは、どの施策が売上に繋がったのかを追跡したい。
これらは全て正当な欲求です。そして、CRMベンダーの営業トークは、これらが「ツールを入れるだけで」実現するかのような幻想を抱かせます。 しかし、ツールはあくまで「箱」です。中身(正しいデータ)を入れるのは、現場の人間です。ここに最大の陥没孔があります。
100人規模で起きがちな「運用崩壊」
100人規模(営業担当者が10〜30名程度)の組織で、準備不足のまま高機能なCRMを導入すると、以下のサイクルで崩壊します。
フェーズ1:入力の複雑化
「せっかく導入するのだから」と、あらゆる項目を入力必須にします。 競合他社、決裁者の趣味、予算時期、確度……。 これまでExcelの1行に入力すれば終わっていた作業が、CRMの重たい画面を開き、タブを切り替え、必須項目を埋めるための「事務作業」に変わります。
フェーズ2:現場の反乱と「入力をしない」選択
忙しい営業担当者はこう考えます。「こんなものを打っている暇があったら、客先に電話したほうが売上になる」。 結果、入力は後回しになります。「確度」は更新されず、「商談」のフェーズはずっと初期段階のまま。 月末の会議前だけ、帳尻合わせで適当な数字が入力されます。
フェーズ3:データの信頼性喪失
経営者はCRMのダッシュボードを見ますが、データが古く、不正確であることに気づきます。 「この数字、合ってるのか?」 「いえ、実はまだ未入力の案件がありまして……」 「じゃあExcelで最新版を出してくれ」
おめでとうございます。これで「高額なCRM」と「最新のExcel」の二重管理体制の完成です。
CRMを「入れなくていい」3つの条件
もし御社が以下の条件に当てはまるなら、今すぐCRMの契約書にハンコを押すのを止めてください。導入は時期尚早です。
条件1:営業プロセス(The Model)が定義されていない
「トップセールスのAさんは勘と度胸」「Bさんは接待中心」「Cさんはメール営業」 このように、営業手法が属人化しており、標準的な「勝利の方程式」が存在しない場合、CRMは機能しません。
CRMは**「標準化されたプロセス」を「効率化」するためのツール**です。 「リード → アポ → 提案 → 見積 → 受注」というフェーズごとの定義(何をもって「提案」とするのか等)が言語化されていない状態で導入しても、集まるデータには一貫性がなく、分析もできません。 まずはCRMではなく、ホワイトボードと付箋で営業プロセスを整理するのが先です。
条件2:商談数が少なく、単価が高い
例えば、年間で数億円のプロジェクトを数件だけ受注するようなビジネスモデルの場合です。 ターゲットとなる顧客企業が日本に100社しかいないなら、SaaSのCRMなど不要です。
- 顧客の組織図はPowerPointで管理したほうが分かりやすい。
- 進捗は週次定例で口頭確認すれば十分。
この規模感で無理にCRMを入れると、「1つの商談を更新するのに何回クリックさせるんだ」という不満だけが溜まります。CRMは「大量のデータを捌く」のに適したツールであり、少数の超重要顧客を深耕するなら、個別のドキュメント管理の方が向いています。
条件3:「入力文化」を醸成する覚悟がない
これは精神論のように聞こえますが、実務上の最大の壁です。 CRMの運用の肝は、**「CRMに入っていない案件は、存在しないものとみなす(評価しない・コミッションを払わない)」**と言い切れる経営陣の覚悟です。
「まあ、入力大変だもんね」と現場に理解を示した瞬間、プロジェクトは失敗します。 もし経営層やマネージャーに、現場に嫌われる覚悟で入力を徹底させる意思がない(あるいは、マネージャー自身が入力をサボるタイプである)ならば、CRM導入は見送るべきです。
代替案は何があるのか?
では、CRMを入れずにどう乗り切るか。100人規模であれば、まだ以下の選択肢が有効です。
1. 強化されたスプレッドシート(Excel)運用の徹底
「脱Excel」が叫ばれますが、入力インターフェースとしてExcel(Google Sheets)ほど優秀なものはありません。
- 入力規則(プルダウン)で表記揺れを防ぐ。
- 条件付き書式で、更新がない案件を赤くする。
- Looker Studio等と繋いで、可視化だけはリッチにする。
これだけでも、中途半端なCRMより遥かに「使える」システムになります。
2. ノーコードDB(Notion / Airtable / kintone)
Excelより少しリッチにしたいなら、NotionやAirtableが最適です。
- 「案件」と「顧客」をリレーショナルに紐付けられる。
- カンバンビュー(Trelloのような画面)で直感的に操作できる。
- 項目変更がドラッグ&ドロップで一瞬。
Salesforceの項目の追加一つにコンサル料を払うくらいなら、kintoneで現場が自分たちで直せたほうが、PDCAは圧倒的に速く回ります。
3. グループウェアの簡易機能
Microsoft 365やGoogle Workspaceを契約しているなら、ListsやAppSheetで簡易アプリを作るのも手です。 これらは既にライセンス料を払っているため、追加コストゼロで始められます。
結論:ツールは「成熟度」へのご褒美
CRMは魔法の杖ではありません。それは**「業務プロセスが成熟した組織」に与えられる、さらなる飛躍のためのブースト装置**です。
プロセスが未熟な組織に与えられれば、それはただの「重り」になります。
「うちはまだ、Excelで十分戦える」。 そう判断し、浮いた予算を営業マンの採用や、インサイドセールスの教育に回す。それもまた、立派なIT戦略であり、賢明な経営判断です。
もし上司が「流行りだからCRMを入れたい」と言い出したら、そっと聞いてみてください。 「私たちの営業プロセスは、システムに落とし込めるほど整理されていますか?」と。 その答えがNoなら、情シスとしてのあなたの仕事は、相見積もりを取ることではなく、Excelのマクロを組んであげることかもしれません。
AIに相談するためのプロンプト(テンプレート)
「CRMを入れたい」と言い出した社長や上司に対し、客観的な視点で「自社の現在地」を診断してもらうためのプロンプトです。
あなたは中小企業の営業プロセス設計とCRM導入の専門家です。
私の会社(社員数[例: 50名])では現在、高機能なCRM(Salesforce等)の導入検討が進んでいますが、私は時期尚早ではないかと危惧しています。
以下の自社の状況を診断し、CRM導入の是非と、現段階でとるべき最適な顧客管理手法を提案してください。
# 営業組織の現状
* 営業手法: [例: 個人の勘と経験に頼っている。標準化されたプロセスはない]
* 案件数: [例: 月に数件の大型案件を追うスタイル]
* ITリテラシー: [例: 営業日報すらまともに入力されない]
* 現在の管理ツール: [例: 各自がExcelで管理]
# 懸念点
* [例: 導入しても入力されず、ゴミデータが溜まるだけではないか]
* [例: コストに見合うだけの分析ニーズがない]
# 出力してほしい内容
1. **導入判定**: 今CRMを入れるべきか、「時期尚早」か。ズバリ判定してください。
2. **代替案の提示**: CRMを入れない場合、ExcelやNotionなどでどのように管理レベルを上げるべきか、具体的な運用ルール案。
3. **上司への進言**: 「とりあえず入れよう」と言う上司に対し、失敗リスクを指摘し、代替案に誘導するための説得ロジック。